消費だけの虚しい人生にサラバ!生産を楽しむことが幸福につながる

生産を楽しむ

こんにちは。うつ病ブロガーのだいだいです。

一般的に考えると「欲しいものがあってそれを手に入れること」、つまりは消費をすることで多くの人はそのモノやサービスに対して価値を感じ、結果として幸せを感じています。

ですが、僕の場合は逆で、特にうつ病になって間もないころの、収入が途絶えてしまった時は、お金を支払うたびに対価として得られる幸福感よりも、手元のお金が減っていって、やがては生活さえできなくなってしまうのではと思う、現実に対する恐怖感というものの方が強かったんです。

うつ病の治療のために通院するたび、お金がどんどんなくなっていく恐怖・・・。

そんな折、僕はブログを始めてわずかながらの収入を得始めました。

現在でも一人で暮らせるほどの収入を得ているわけではありませんし、そんな恐怖を感じることもありますが、ある程度の額のお金をブログから得られるようになって僕が気付いたことは、「消費する喜びより生産する喜びの方が大きい」ということだったんです。

消費はその瞬間は満たされるけれど幸福感は持続しない

一般的に人間は欲しいと思っていたモノを購入したその瞬間に一番幸福感が高まると言われています。

たとえば最新のiPhoneを購入し手に入れた瞬間、さらにはバーゲンやタイムセールなど、高級でおしゃれな服を定価の半額で購入できたその瞬間が、そのモノを欲しいと思っていた人の幸福感が一番高まる瞬間です。

それはなぜかというと、人間はモノやサービスなどの商品を見たときに、これまでの自分の知識や経験から「これは○○円ぐらいだな」と自動的に価値をつけるからです。

だから、本来2万9,800円のブランド物の服がバーゲンセールによって1万4,900円で購入できた場合は、思っていた価格以上の価値を手に入れることができたと思うため、それを購入した人は大喜びするのです。

分かりやすく言うと、1万4,900円はその服の価値ですが、それにプラスして得をした残りの1万4,900円にも人間は価値を感じているわけなんですね。

このように、売れる商品・サービスというものは、価格(値段)以上の価値を提供している(と消費者に思わせることに成功している)ので、結果としてたくさん売れるのです。

しかし、このような消費で得ることができる人間の幸福感は、お金がなくなってしまうと同時に尽きてしまいます。

そうすると、お金がないと何も買うことができなくて不幸だから、面白くもなくつまらない仕事でも「とりあえずお金がもらえればええか」と我慢して嫌々働くことになります。

多くの人が人生の大半を大して好きでもなくつまらない仕事に嫌々費やし続ける理由は、商品を購入する瞬間の一時的な幸福感を求めているからなんです。

いわば消費は一種の麻薬みたいなもの。

消費は快楽。でも消費をするにはお金がいる。だからその快楽を味わうことができる消費のために働く。

多くの日本人のライフスタイルがこれです。

ただ僕はうつ病になってからこれがものすごく虚しく感じるようになったんです。

消費するよりも生産する方が何倍も楽しい

そんな時、僕はブログを始めました。

過酷な長時間労働によってうつ病になり、さらに無職になったことで、社会に対する鬱憤がたまっていたのもありますが、記事を書き、反応を見て分析し、それを基に改善し、また記事を書いていく。

そんな繰り返しがうつ病で全てを失った僕にとって、楽しい「遊び」になっていきました。

特にブログを立ち上げてから半年ぐらいはずっとずっとブログのことばかり考えていました。

なぜならそれが楽しいから。

ブログを書いている時、ブログについて考えている時に幸せを感じるから。

記事を書いて、自分の知識や経験を共有することで誰かの役に立ってもらえたり、時には楽しませたり、時には社会の問題について考えてもらったり、そんでもってお金ももらえて、だからもっともっと記事を書こうと思うようになって…。

うつ病で無職の自分にとってそれ以上に楽しいことって他になにがあるのだろう?

こうやってブログを書き続けていると僕はやがて「生産こそが一番楽しい時間」ということに気付くことになりました。

何かを作っている瞬間、僕の場合はネタを考え、こうやって記事を書いている時間。

今ではその作っている行為自体が人生で一番楽しい時間になりました。

生産を楽しむことが幸せにつながる

砂

消費による楽しさは限界が決まっていてそれには持続性はありません。

それはモノやサービスは永遠に価値を発揮するものでもないし、なにより消費にかけることができるお金には限りがあるから。

だけれども、生産することによる楽しさは際限なく広がっていきます。

作っている時、記事を書いているときが一番楽しい。

作ることが幸せにつながる。

作り上げた記事を公開する瞬間が一番幸せ。

もちろん書くネタが何も思い浮かばない時は苦心することもあるんだけれども、「アレもコレも書きたいな」と頭の中にネタがいくつも浮かんでいるときは楽しみで楽しみで仕方なく感じるのです。

あなたは子どもの頃、何かを作るのに夢中になった経験はありませんか?

僕は砂場で砂遊びをするのが好きだったのですが、幼少の頃のそんな感覚に似ているような気がします。

次の日には雨で跡形もなくなっているのは目に見えているはずなのに、作りかけた砂のお城を完成させないと絶対に帰らないと言う子どものように・・・。

そして生産者と消費者ではどちらがお金をもらえるかといえば当たり前ですが生産者です。

楽しいうえにさらにお金までついてくる。

消費はお金を払って楽しむもの。生産は楽しんでお金をもらうもの。

もちろん消費を一切しないということではないんだけど、僕は誰かの作ったものを消費するだけでこれから生きていくのはとても虚しく感じるようになったんです。

なぜなら消費は「消費⇒楽しさ⇒虚しさ」「消費⇒楽しさ⇒虚しさ」で完結して終わってしまうもの。

だからいつまでたっても次の楽しい消費をするために労働で消耗してしまう。

それに対して生産は「楽しさ⇒生産⇒お金⇒楽しさ⇒生産⇒お金⇒楽しさ⇒・・・」と死ぬまで永遠に続いていくもの。

生産行為である仕事自体が楽しいものなので、労働で消耗することが自然となくなっていきます。

消費する喜びよりも何かを作ることに喜びを感じられるようにすると、人間の幸福度は高まっていくものなんだなと僕は気付いたわけです。

自分の作ったものに他の誰かが価値を感じてくれるからこそ、僕は幸せを感じるようになったんだと思います。

好きなことを仕事にするという感覚は案外シンプルで、まずはあの頃の砂遊びのように生産を思いっきり楽しむということなのかもしれません。

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