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うつ病で脱落した僕はこの速すぎる社会にはついていけない

考え方
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大ちゃん
大ちゃん

こんにちは。うつ病ブロガーの大ちゃんです。

うつ病になって身体が思うように動かせなくなってから僕は、

大ちゃん
大ちゃん

もうこれまでのような生活には戻れないし、戻る必要もないなあ

と思っています。

それはどういうことかというと、僕も含め、大半のうつ病の人は、

「今の社会の速度って早すぎてとてもじゃないけどついていけない」

と感じているのではないでしょうか?

うまく言語化できるか分かりませんが、今日はそんなお話をしたいと思います。

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嫌々働き続けて本当にそれでいいんですか?

僕はのんびり自分のペースでこうやってブログを書いたりサイトを運営したりして月に5万円ほどの収益を得て暮らしているのですが、そんな僕にとって社会人として週5日働いている人は単純に「すごいな」と思います。

ただ、うつ病の僕には到底真似できないことなので、確かに「すごいな」とは思うんですけど、それが「偉いな」とか「うらやましいな」とはこれっぽちも思えないんですよね。

というのも、そういう「社会人」と呼ばれる人のほとんどが不平不満を言いつつも「仕方なく嫌々働いている」ように僕の目に映るからなんです。

逆にそういった社会人の方たちの立場から言わせれば、「嫌でも働かないと生きていけないんだからしょうがないだろ」で済まさせる話だと思います。

そういう考えがあるのも分かりますし、これまではそういった生き方がスタンダートだったので、本当にそういう考えの人が自分の頭でちゃんと考えてそうしたいからやっているんだったらまだ理解もできます。

だけど僕はやりたくないことはやりたくないんです。

ですがそういう僕の考えを理解してくれる人は少なくて、きっと僕の「やりたくない」という感情は多くの人にとっては、「そんなのは仕方ないこと」っていうぐらいの認識の問題なんだろうなあと思います。

だって、「働きたくない」とか「会社辞めたい」ってよく言ってる割には楽しそうに生きている人がほとんどですからね。。

たとえ仕事が嫌でも、趣味に充てれる休日を生きがいにしたり、週末に友達と遊ぶのを楽しみにしたり・・・

だけど僕にはそういう生活は無理なんだろうなあと悟るわけです。

なぜなら、朝早くに起きて身支度し、満員電車で出社してからは職場に12時間は拘束され、家に帰ったら1時間で食事と入浴を済ませて後は明日に備えて寝るだけ。

そんな毎日を5日も繰り返し、土曜日は疲れた身体を休ませ、自由に生活できるのは実質週にたった1日の日曜日だけ。

いや、僕も過去にはこれよりももっと自由のない、そして体力的にもきつい過酷な仕事をしていた時期があるのですが、もうこんな生活には二度と戻りたくないと思うのと同時に「もう戻れないなあ」と強く思うんです。

そういった「一般的な社会人」の生活を想像してうつ病の僕が思うのは「こんな早すぎる社会のスピードで生きていくのは、僕にはもう到底不可能なんだろうな・・・」ということなんです。

経済活動のスピードが上がれば上がるほど社会から「脱落者」が生まれるのはむしろ普通のことなのでは

経済活動は大事です。

今回の新型コロナのことでも「命と経済、どっちを取るか」っていう話は大きな話題にもなりました。

当然になりますが、経済活動が活発になればなるほど、こなさなければいけない仕事量は増えていき、より速い速度で仕事をこなすことが要求されるようになります。

そうなると人間はもっと「質より量」を重視した働き方を迫られます。

だけど、量やスピードについては人間がこなすより機械がやった方が効率がいいのは確実ですし、しかも機械ならヒューマンエラーのような間違いもありません。

そして今は昔と違ってかなりの部分で機械化が進んでいて、AIの研究や活用も進んでいます。

なのに僕は、

「こんなに機械化が進んでいるのに、なんでまだ人間がたくさん働かなくちゃいけないんだろうなあ?」

とか、

「昔よりはるかに人間がやらないといけない仕事は機械に置き換わったのに、なんで労働時間は長いままなんだろう??」

と疑問に思ったりしちゃうんです。

そして、

「いっそ人間が嫌々やる仕事は全部ロボットが置き換えてくれたらなあ・・・」

とさえ思ってしまいます。

経済学者のケインズは「先進諸国の生活水準は100年後には1930年当時の4~8倍程度になっているはずで、1日に3時間も働けば生活に必要なものを得ることができるようになるだろう」、

つまり、

2030年には1日3時間の労働で社会は維持できるようになる

と予測したそうです。

出典:「孫たちの経済的可能性」(John Maynard Keynes, “Economic Possibilities for our Grandchildren” (1930))

今は2020年なのでその通りだともうすべての人が1日4時間くらいの労働時間でも十分となってなくちゃおかしいじゃないですか。

でも現実にはそうなっていない。

未だに人間が長時間、しかも嫌々「働かされている」。

少なくともここまでスピードが重視され、かつ質まで要求される社会になってしまったのだから、

「そりゃあそんな速いスピードについていけず脱落してしまう人が出てきちゃうのは自然なことだよね。」

って僕は思うんです。

日本にはうつ病の患者が少なく見積もっても100万人以上いると言われています。

「最近の若い奴は嫌になったらすぐ辞めてしまう。俺らの頃はなぁ・・・」

なんて古き良き昔を勢いで語りだす人もいると思うけど、僕は今と昔を単純に比べただけでも、

「一人にのしかってくる仕事量も、要求されるクオリティも、昔と今とじゃ今の方がはるかに上がったのに・・・それでいてもらえる賃金は少ないし、何をやっても報われないんじゃそりゃ辞めた方がマシだよね」

って思わず反論してしまう。

「平日は身を粉にして働き続け、束の間の土日に身体を休ませてまた月曜から毎日働く・・・」

脱落した僕は正直に言ってこんな速すぎるスピードの社会では生きていけないし、むしろそんな非人間的な機械に要求されるようなレベルのところで働けている人間がいる社会がもはや「異常な社会」なんじゃないかとさえ思ってしまう。

ただ、そんなこと言っても社会をより豊かなものにしていこうというのは僕も賛成だし、もちろん経済成長はそのために必要なことだとは思うのだけど、人間が豊かで幸せな社会を実現しようと頑張っているはずなのに、逆に社会に人間が殺されてしまうようになってしまったら本末転倒だと思うんです。

過労死、過労自殺、長時間労働、うつ病、引きこもり、虐待、パワハラ・セクハラ、自爆営業、過剰生産、政治の腐敗、晩婚化・無婚化、そして超少子高齢化・・・等々

そういった「社会の歪み」がすでにこの国ではたくさん出てきている。

そんな中、僕みたいに「早すぎる社会から脱落した人」は真っ先に弱者となり、そんな矛盾だらけの「社会」に抹殺されていくんだろうなあと考えたら本当におぞましく感じるものです。

と同時に、そうだとすると、なるべく社会には頼らず自給自足し、隠居したように細々と暮らしていくしか手はないのかなあ・・・と思ったり。

ちょっとまとまりのない文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事の内容に共感したらぜひSNS等で拡散していただけばうれしいです。

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