夢民島

~むみんとう~

人は生まれながらにして不平等なのになぜ平等に生きなければならないの?

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人は生まれながらにして不平等なのになぜ平等に生きなければならないの?

こんにちは。うつ病ブロガーの大ちゃんです。

僕はずーっと疑問に思っていることがあります。

その疑問とは、この人間社会でずっとずっと言われ続けている、平等に生きることを推奨するっていうか、人間というものは平等に生きるべきだという世の中の風潮についてです。

一見、「平等」っていうとすごい聞こえはいいんだけれども、僕はどうしても腑に落ちない部分があるんです。

これを読んでいるあなたもそうだと思うんだけれども、僕ら人間って、この世に生を受けてからこの国で普通に生きていると、学校に何年間か通い、学校を卒業したら会社に就職して働いて・・・という風に、みんな誰もが同じような生活を送ることになります。

そして、このような学校や会社という組織には暗黙の「社会のルール」なるものがあらかじめ決められています。

その「社会のルール」っていうのは、例えば、会社であれば「就業時間は9時から18時まで」、学校で言えば「定期試験で○○点以下は追試」って感じのもので、そこで生きる僕ら人間は誰であってもこの「平等のライン」に合わすように、と努力を強いられます。

そうやってその社会のルールは誰が最初に決めたのかは分からないにもかかわらず、すでにある一定のラインが決められていて、会社や学校などその組織に属するものは誰もがそのラインに合わせて生きることが模範的とされており、それ自体に疑問を抱く人も少ないのが今の社会だと思うんです。

でも僕は「これってなんか違うんじゃね?」って疑問というかすごい違和感を覚えるんです。

今回はそんな話です。

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人間は生まれながらにして不平等だ

冒頭にも触れたように、僕らが生きる社会というものは「人はみんな平等だ」というように「平等に生きる」ということを「ルール」として強いられるんだけれど、そんな「社会のルール」は、それ以前に人間は生まれながらにして不平等だという前提で作られていないのがほとんどだということが実情なんです

当たり前の話なんだけど、元々大富豪でお金持ちの親の元に生まれた子どもは生まれた瞬間に勝ち組だし、逆に貧乏な親の元に生まれただけで相当辛くて苦しい生活を強いられる人もいます。

これって完全に不平等ですよね。

だって僕ら人間は自分が生まれてくる前にどの親から生まれるか選べないんですからね。

お金の話だけではありません。

ルックスが良くてさらに運動も勉強もできる、まさに完璧な人もいれば、運動も勉強も苦手でルックスもイマイチな人もいるはず。

そして、生まれながらにして病気や障害を持って生まれた人はこれから生きていくうえでずっとハンデを抱えながら生きていくことになります。

僕だって生まれながらにしてアトピー性皮膚炎という先天的な病気を持って生まれただけで、(今は幼少のときよりは症状は軽いけれど)幼い時は夜は痒くて眠れないわ、今でも皮膚科に定期的に通わないといけないわで、皮膚がきれいな人と比べると全然平等じゃないというのが事実であるわけです。

人間は完全に不平等なのに社会はなぜか「平等」を強いる

このように、人間って誰もが生まれながらにして不平等というのが前提なんです。

そして生まれた後でさえも親や親せき・友人などの人間関係、育つ地域、生きている時代など、様々な環境要因によって誰ひとり同じ人生を歩む人なんてこの世に存在しないんだから、もはや人間は誰もが必然的に不平等になるようになっているんですよね。

ようするに、この世に誰ひとりとしておんなじ人間が存在していないのがその証であり、良く言うと「個性的」、悪く言うと「不平等」であるのが人間の本来の姿なんだと思うんです。

でも、そんな不平等な人間が学校や会社などの「社会」というところに置かれると、そこには「みんなできて当然!」もっと露骨に言うと「これができないやつは人間じゃない!」と言わんばかりのような「社会のルール」が明らかに存在しています。

それで、そんな「社会のルール」によって、僕らはたとえどんな状況であってもそういうことは考慮されずに、そのルールに合わせて生きられないというだけでダメ人間の烙印を押されてしまいます。

人間には得意・不得意がある

僕ら人間には誰しも得意なことと不得意なものがあります。

勉強は苦手だけれども運動は得意という人もいれば、その逆で、運動は苦手だけれども勉強は得意っていう人もいます。

しかも、同じ運動でも野球は苦手だけれどもサッカーは得意という人もいれば、同じ勉強でも算数は苦手だけど国語は得意だという人もいます。

勉強の中身だって文字にした方が記憶しやすい人もいれば、写真や動画のように映像の方がイメージしやすくて覚えやすいという人だっています。

でも、学校の勉強というものは今でも黒板に書かれた文字を板書するだけの「文字」が主流。

ってことは学校では文字で記憶するのが得意な人の方が圧倒的に有利になっちゃうんです。

だからその時点で映像などのイメージで記憶しやすい人は不利になるので学校の授業というものはそもそも不平等っていうわけなんですよ。

それなのに「テストで○○点以下は赤点で追試」だなんて全然平等じゃないと僕は思うんです。

もし、映像だらけの授業であれば、追試の対象になる人は全くの逆になっているはずですからね。

なぜ学校でスマホを使ったらダメなの?

学校の話をしたのでもう一つ思うことを書きますが、通常、学校にスマホを持って行き、それを授業中使っていたら、たとえ勉強に使っていたとしても先生に怒られて取り上げられてしまいますよね?

もちろん、ゲームなど、勉強以外のことで使っていたらダメですが、分からない単語などは辞書の代わりにスマホで調べた方が早いと思うし、紙の辞書のように場所もとらないので効率的ですよね。

また、復習のため、一度受けた授業をもう一度聴きたいっていうときもあるじゃないですか。

それでも授業をスマホで丸々録音や録画するのもダメなんでしょうか?

授業を録音しておくと、分からないところはもう一度聴けるし、わざわざ先生に質問しに行かなくても大丈夫になるはず。

そして教える先生側も生徒に時間を取られず効率的に仕事ができるようになるはず。

生徒は風邪などで休んだ分の授業も聴けるようになるし、一石二鳥にも三鳥にもなると思うんです。

そういえば僕が高校生の頃、テストで出題される範囲の書かれたプリントが教室に掲示されていたのですが、それを携帯の写メで撮っていた同級生のA君が先生に見つかって怒られていたのを思い出しました。

先生に怒られていたA君を見て、当時携帯を持っていた僕も渋々紙に書き写しましたが、これって「勉強するために効率のいい方法をやっただけなのになんで怒られるんだろう?」と普通に疑問に思いましたよ。

高校生の当時、僕は携帯(いわゆるガラケー)を持ち始めてすぐの頃だったので「いやいや、むしろA君はめっちゃ天才じゃないか!」と思ったほどです。

こんな風に「自分なりに工夫した方法を、明確な理由や根拠もなく、ただ『ルールで決まっているから』といって否定される」っていう状況、すごい多いんじゃないかなと僕は思うんです。

朝早く起きられないだけで、ダメ人間になってしまう

僕はうつ病になる前まで、特に学生時代は超がつくほど朝に強くて、遅刻をしたことは電車が遅れた時以外は全くないというのが僕の唯一の自慢と言えるぐらいだったので、学校に寝坊して遅刻ばかりしている子のことが全くと言っていいほど理解できませんでした。

当時、僕はそれこそ「社会のルール」を持ち出して正当化し、「頑張れば誰でも起きれるじゃないか!努力が足りないだけだ!」と、朝に弱い子の事情や体質も考えずに、遅刻するやつはダメな人間なんだと決めつけていました。

でも、うつ病になってからは自分が朝にめっきり弱くなったので、今度は自分がその努力の足りないダメ人間になってしまった。

でも立場がまるで逆転した僕はなぜそう思っていたのか考えてみたんです。

だって社会では、例えば9時までに出社って就業規則で決まっていたらそれを守れない人にはどんな理由があろうとも問答無用で「悪」というレッテルを貼ってくる。

それは「ルールだから」と、犯罪を犯したわけでも法律違反をしたわけでもないのにそれが守れないというだけでクズ人間と言われてしまう。

そんなことより街中でポイ捨てをする人の方がよっぽど悪いはずなのに・・・

これって朝ちゃんと起きれる人は断然有利で、起きれない人の方が不利だとはっきり言っているようなもの。

どう考えても朝早く起きれる人の方が有利で、遅刻はダメだ」という「平等ルール」は実際には完全に不平等であると、どちらの立場の経験もある僕は気づいてしまったのです。

病弱であろうと、健常者と同じであることを強要される

そうした「社会のルール」は、常に健康である人が有利になっていて、現在の僕のように身体が弱い人はそれに追いつけずに必然的に弱者になってしまいます。

求人で企業が欲しいのはどう考えても病人よりも健常者。

だから病気を持っている人は必死にそれを隠そうとする。

そして健常者の中でも能力が高くてコミュ力がある人。

だから自分を偽ってでも人格を変えて面接に臨む人も出てくる。

この社会は健常者中心で回っているのは間違いない事実。

そしてその「社会のルール」のラインに到達できない人間は社会不適合者と呼ばれてしまう。

だから「この世は不平等だらけ。むしろ不平等の塊りだ」と僕はうつ病になってから気づいたのです。

人間社会は「平等」という名の「不平等」な社会

このように僕らが生きているこの社会というものは「平等」という、圧倒的に「不平等」な前提のうえで成り立っているものなんです。

そうした「平等という名のいかにも正しそうな社会のルール」は不平等が一定数いるから存在できるんです。

例えば、平等という一定のラインがあって、その線を0とすると、社会には必ずそのラインより上にいる人と下にいる人に分かれます。

それで平等のラインより下にいる人はマイナスで、上にいる人はプラスとすると、平等のラインより下にいる人がプラスの人と同じような生活をするには、0をプラスにするのではなく、まずマイナスを0に上げていく努力が必要なんです。

平等より下にいる人は可視化されないハンデに苦しめられる

例えば病気の人は病気という状態で平等のラインに合わせないと、健常者と同じような生活を送ることはできないのです。

過去の僕が学校に遅刻はがりする子のことを理解できなかったように、これがどんなに辛いか、平等のラインより上にいる人はなかなか気づかないものだと思うんです。

この時点ですでに不平等だと思いませんか?

例えば精神疾患であるうつ病の人の疲れやすさは健常者に比べると約3倍ほどの疲れになると言われています。

同じ5,000歩歩いたとしても、うつ病の僕は健常者が1万5,000歩歩いたのと同じになる計算です。

つまり、うつ病の僕が健康な人と同じ環境で同じ生活をすると、僕にとっては健常者の3日分の生活を1日でこなすことになるので、まさに健常者と同じ生活をしていると地獄の日々だということになります。

健康な人が、うつ病だけれども急性期よりは元気になった僕に「3~4時間ぐらい働けるだろ」と言うのは「9~12時間ぐらい働けるだろ」と言っているのと等しいのです。

おまけに「遅刻はダメ」「週5日は出勤」「残業あり」となると、そんなの身体が持たないのはともかく、怖くて怖くて働くことなんてできません。

この場合、僕は「うつ病で疲れやすくなっていてすでに大変なのにもかかわらず、それでも健常者と同じ条件に合わして働かなければいけない」ってことを表しています。

でもこのようなハンデは、可視化されないので特に平等のラインの上にいる人にはわかりにくいんです。

だからうつ病の理解も進まず、時には心無い言葉も投げかけられる。

でもそれは「不平等」であるがうえ成り立っている「平等」で物事を見るから起こることなんです。

こんな風に「平等」という一見正しそうな盾に隠れた、目に見えないハンデに苦しんでいるのは僕だけではないはず。

じゃあ、本当に平等な社会って一体なんなの?

上記で述べてきたとおり、社会一般の世間がいう「平等」は実はたくさんの「不平等」によって成り立っていることはよくわかっていただけたと思います。

じゃあ、ここで「一体本当に平等な社会ってどんな社会?」という疑問がわいてきたと思うので、最後にこれについて一緒に考えてみることにしましょう。

今見てきた平等っていうのは「朝9時までに出勤」だとか「40点以下は赤点」だとか、ある特定の「常識とされるライン」から逸脱した者は「おかしい」とか「非常識だ」とか、はたまた「社会不適合だ」・・・とか言われて排除されるんだけれども、それは因果が違っていて、今の社会でそうやって排除される人っていうのは、今の常識から生み出された「平等」というものにたまたま合わなかっただけだと思うんです。

だから常識も時代によって変わっていくし、今現在、この国では社会不適合者と言われている人が今とは別の国や別の時代、別の分野などではすごい有利に生きられるかもしれません。

それで偶然、その時代やその場所の常識やら平等とやらに適した人が有利となって社会を回していく。

だから本当の意味の平等な社会とは、そんな常識に合わせて生きるのではなく、人間それぞれの状態や特性に合わせていろんな選択ができる社会、それは今風の言葉でいえば「多様性のある社会」、そんな社会を本当の意味で平等な社会と呼ぶんじゃないのかなぁと僕は思うわけです。

集団行動が苦手なら通信教育を

僕は別に学校に通うのが嫌ならば無理して通わなくてもいいと思うんです。

世の中には勉強はむしろ好きなんだけれども、どうしても集団行動が苦手で学校に通うのが苦痛で苦痛でたまらないっていう子どももいる。

そんな子どもたちのためにインターネットを使って通信教育で勉強できる環境を整えていく。

「学校に行くのが当然」ではなく、学校はあくまで勉強する場所に過ぎないんだから、勉強さえできればそれでOKで、学校に通うことを前提としない選択があってもいいと思います。

外で働けないなら在宅で仕事を

そして僕のように何らかの病気で外で働くことができないのなら、在宅で仕事ができたっていいじゃん、と僕は思うわけです。

今は別に外で汗水たらして働かなくてもインターネットにつながったパソコンやスマホがあるだけで仕事もできる時代なんだし、「会社に行って働く」のを当然としない働き方だってあっていいはず。

要はお金を稼いで生活できるようになればいいんだから、そのお金を稼ぐ手段は別に「会社に雇われて働くこと」だけにこだわらなくてもいいと思うんです。

こんな感じで、本当に平等な社会というのは、「人間は僕もあなたも含めどう考えても誰もが皆、不平等に生まれて不平等に今を生きているんだから、それを否定するのではなく肯定し、ひとりひとりに適した選択肢を設けて、選択できるようにして、そこに上下関係をつかないようにすること」なんだと思うんですよね。

不平等であることを受け入れ、今の平等と言われている事柄を疑って見てみる。

これができるようになって初めて、人間が本当に「平等に生きる」社会が実現されるんだろうなと僕は思います。

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書いている人

大ちゃん

社会人1年目で就職した会社で過労・睡眠障害によりうつ病を発症後、休職から退職に追い込まれた25歳の男。現在はうつ病療養の傍ら複数のサイトを運営。当ブログ『夢民島』は毎月5万人以上の人に読まれています。 [詳細]

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