空はいつも晴れている。
24時間365日、雲の上は快晴だ。
今日という日が雨なのは、
たまたま自分の頭上が雨雲に覆われているだけ。
雨雲は時間が経つにつれて移動していく。
だから「止まない雨なんてない」。
それは紛れもない事実だ。
そうであるならば、
いつか必ず止む雨を
「もうすぐ止むかな」って
焦ったそうに待つのもいいけど、
いっそのことずぶ濡れになり
泣き顔でも開き直って
笑顔で自由に駆けていく。
それもそれでありだな、
と思うわけです。
なぜなら、
そう思えた瞬間から、
「悲しみ」という感情は
受動的なものから能動的なものに変わるから。
ドラマを見てると、恋人に振られた後とか、喧嘩をした後とか、
うまくいかない時に限ってなぜか都合よく雨が降ってくる。
受動的に悲しまされている時、
あなたは単なる被害者です。
でも、
能動的に悲しみを体感できれば、
あなたはもう自由です。
同じ“雨に降られる“という現象でも、
この差はとても大きい。
「あー、雨に降られている私は今、ドラマの中の悲劇のヒロインだ」
こんなふうに、
悲しみさえも自由に演じて味わうことができるなら…
どうせおんなじ雨に降られるなら、
自由な方が得だよね。
もし今、あなたの心にも雨が降っているなら…
少しだけ「濡れる自由」があることを
思い出してみてください。
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