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「みんなに好かれよう」とすればするほど、苦しくなる
あなたは誰かに何かを言われるたびに、自分の考えを曲げていないでしょうか?
「もっとこうしたほうがいいんじゃない?」
「そんなこと普通しないよ」
「あなたって、なんかズレてるよね」
そんな言葉に揺れてばかりいると、気づけば「自分」を見失ってしまいます。
今回は、心がラクになる考え方として、有名な『ロバを売りに行く親子の話』を紹介しながら、
- 全ての人を納得させることは不可能だということ
- だからこそ、自分が「これだ」と思う道を信じて進むことの大切さ
についてお伝えしたいと思います。
ロバを売りに行く親子の話
以下は「イソップ寓話集」の1つである『ロバを売りに行く親子の話』です。
ある日、父親と息子がロバを売るために市場へ出かけます。
最初はロバを引いて歩いていた2人。
しかし、通りすがりの人にこう言われます。
「せっかくロバがいるのに乗らないなんて、もったいないね」
それを聞いて、「たしかにそうだな」と思った親子は、息子をロバに乗せて歩き出します。
すると、次にすれ違う人にこう言われます。
「若い子が乗って、親に歩かせるとは何事だ!」
「じゃあ…」と今度は父だけがロバに乗り歩きます。
すると今度すれ違った人は、「親だけ楽して、子どもがかわいそうじゃないか!」と言われます。
「たしかにそうだな」と思った親子は2人でロバに乗ろうとします。
再び歩き出すと、また別のすれ違った人から今度は
「ロバがかわいそうだ。2人も乗ると重すぎるだろ」
と言われました。
2人は
「…それじゃあ、ロバを担いで行こう!」
市場までは川を渡ればあともう少しです。
しかし、ロバは急に暴れはじめました。
運悪くロバが暴れた場所は橋の上で、ロバは川に落ち、結局、親子はロバを失ってしまいました。
〈終わり〉
あなたはどう思いますか?
あなたはこの話の親子をどう思いますか?
- 「バカだな」
- 「人の意見に振り回されすぎ」
- 「かわいそう…」
- 「自分にも思い当たる節がある…」
いろんな感想があると思いますが、ここでひとつ、少し変わった視点から問いかけてみたいことがあります。
非難していた人が全員変装していたとしたら?
もし、この親子を非難していた人たちが変装していて、「全員、同じ人物」だったとしたらどうでしょう?
すれ違うたびに「もっとこうしろ」「今のままじゃダメだ」と言ってきたのが、すべて同一人物だったと分かっていたら──
あなたはその人の言葉を、すべて真に受けますか?
普通に考えれば、
「あの人、さっきはこう言ってたのに今度は逆のことを言ってる…」
と気づきますよね。
でも実際、現代の私たちは「世間」「メディア」「SNS」「友人」「先生」「同僚」「家族」など、多くの“声”に見えて、実はひとつの価値観に縛られているだけのことが多いんです。
同一人物であろうと複数人であろうと、“誰かの正解”に自分を合わせすぎるのは問題だと僕は思います。
なぜなら、いつまでも自分の価値観が育まれず、気づけば自分の人生さえも見失うことに繋がりかねないからです。
自分の軸を持つことが、後悔しない人生につながる
ロバを失った親子は、「自分たちの選択」ではなく、「他人の意見」を優先した結果、何も得られませんでした。
僕たちも同じです。
たしかに誰かに嫌われることは怖いし、批判されると落ち込みます。
誰しも争いごとはなるべく避けたいと思っているでしょう。
でも、
どんな行動をしても、必ず反対する人はいます。
たとえば、
- 行動しなければ「何もしないのか」と言われ、
- 行動すれば「そんなことして意味あるの?」と言われ、
- 結果を出せば「調子に乗るな」と言われる…
あなたもそんな経験があるのでは?
そんな「誰かの声」にいちいち振り回されていたら、ロバの親子と同じ道をたどってしまいます。
まとめ:人の声は“参考程度”でいい
最後に、僕が結論として言いたいのは、
- 全ての人を納得させることはできない。だからこそ、自分が「これが正しい」と思える選択を信じよう。
ということです。
誰かの意見は、答えでもあなたを縛るものでもなく、あくまで「ヒント」にすぎません。
すべてを鵜呑みにせず、必要な部分だけを拾い、最終的には“自分”が決めることが何よりも大切です。
最後に、あなたへ問いかけます。
あなたは今、誰かの声に振り回されすぎていませんか?
- 「それって本当に必要な声?」
- 「その人はあなたの人生の責任を取ってくれますか?」
答えは、あなた自身の中にあります。